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両親への報告 2006-02-19 [出産]

両親に子供の誕生と、病気のことを伝えなければなりません。
父親である私が動揺していたのでは、余計に心配をかけてしまうと思い冷静に伝えようと思った。
実家に電話し、産まれた時間や体重を報告した後、病気について説明した。
お尻の穴が開いてないだけで、子供は元気だから安心して」と電話を切った。
自分でも不思議なくらい冷静だった。電話口の私の父は複雑な気持ちだったと思う。
無理もない。不妊治療でやっと授かった命の誕生を父も楽しみにしていたのだ。
手放しで喜ぶという訳にはいかなかったのです。

妻の父親にも同じように報告し、次いで妻の妹の家にも連絡をした。
義妹さんはすでに結婚して子供もいた。私も気兼ねなく話せる人だった。
出産報告の後、「ちょっと問題を抱えててね・・・」と病気の説明をすると、
泣きながら子供のことよりも、私と入院中の妻(実姉)のことを気遣い心配してくれた。
その言葉に私は張り詰めていたものが崩れ、恥ずかしながら電話口で泣いてしまった。
父親という立場で押し殺してきた不安や動揺が、感情にまかせて溢れ出てしまったのです。

嬉しい報告のはずが皆を心配させる報告となってしまった。


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コメント 3

ター坊

はじめまして。57歳の男性です。
僕も複雑な鎖肛(腸が腐食してたのと膀胱及び尿道とも繋がってました。
あなたのブログを読ませていただきました。いたいたしく感じながら目もうるんできました。同じ境遇だからです。
本来ならば、普通の健常者で生まれてくるべきが、このような体に生まれてくるとは思いません。僕の母もおそらく同じ気持ちだったと思います。
17年間の人工肛門の生活はすごく辛かったし、悲しかったです。
17歳になって再手術を受けようとしましたが、肛門の括約筋、神経機能もほとんど無く治る見込みは無いと医者から告げられましたが、無理やり頼み込んで手術を受けることが出来ました。
おかげさまで、医者の予想もつかず奇跡的に治りました。
これだけは、本人も辛いでしょうが、家族さんも、もっとお辛いと思います。
元気でお過ごしくださいね。
by ター坊 (2009-11-20 14:57) 

nobu

初めまして。返事が大変遅れてしまいごめんなさい。このブログを見てご自身の過去を思い出させてしまったかも知れませんね。ター坊さんの17年間の体験は私の想像を絶するものだと思います。でも、治られたという事で、本当によかったです。生命の誕生も、病気になることも、それが奇跡的に治ることも、すべて人の想像を超えたものだと強く感じます。渉平には、お腹の手術の傷は「頑張った勲章」だと教えていますが、時がくれば全てを説明するつもりです。その当時の両親の思いや考えをこのブログで伝えられたらと思っています。
by nobu (2010-10-20 14:35) 

ター坊

お返事有難うございます。
生まれてすぐの身体にメスを入れなきゃならないというのは親としても何とも言えない気持ちですね。
どこの親も普通に元気で産んであげたらよかったのにと思うのは同じ事ですね。僕の時も母としては、苦しみぬいたと思います。僕の場合は奈良市内の病院で生まれ、同時に手術をしたそうです。高位型の鎖肛と腸の腐食と両方ですから、大変だったらしいです。自宅と病院とは離れていたので奈良市内(病院に近い所)に、いとこが住んでいて、ちょうどそのいとこが僕と同じくらいの時出産したので、その家に預けられ、いとこのお乳を飲んで育ちました。(通院の便利さもあって約3年間だったらしいです。)

それから17歳の時に手術を受け、まったく不可能だったのを可能になったのはホント珍しく、けど、指を入れての括約筋、神経の復活の練習を涙ながらに頑張りました。最初はいくら練習しても感覚すらないし、兆候もみられない、どうなるのだろうと不安が募るばかりでしたが、今から考えれば、挫折もしないで最後までよく頑張れてたと自分でも不思議なくらいです。
一通りの手術が終われば後は自分自身での練習との闘いですね。それから最後に再手術で腸の接続(人工肛門を閉じる手術)です。

僕は昨年に生後から、現在に至るまでのことを手記を書きました。
どなたか(同じ境遇)の本人、、親御さん方のお役にたてればと思い、ボチボチとですが、体験発表もさせて頂いてます。また、この鎖肛のブログを書かれて方達にコメントを書かせていただいてます。
by ター坊 (2010-10-27 22:21) 

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