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両親への報告 2006-02-19 [出産]

両親に子供の誕生と、病気のことを伝えなければなりません。
父親である私が動揺していたのでは、余計に心配をかけてしまうと思い冷静に伝えようと思った。
実家に電話し、産まれた時間や体重を報告した後、病気について説明した。
お尻の穴が開いてないだけで、子供は元気だから安心して」と電話を切った。
自分でも不思議なくらい冷静だった。電話口の私の父は複雑な気持ちだったと思う。
無理もない。不妊治療でやっと授かった命の誕生を父も楽しみにしていたのだ。
手放しで喜ぶという訳にはいかなかったのです。

妻の父親にも同じように報告し、次いで妻の妹の家にも連絡をした。
義妹さんはすでに結婚して子供もいた。私も気兼ねなく話せる人だった。
出産報告の後、「ちょっと問題を抱えててね・・・」と病気の説明をすると、
泣きながら子供のことよりも、私と入院中の妻(実姉)のことを気遣い心配してくれた。
その言葉に私は張り詰めていたものが崩れ、恥ずかしながら電話口で泣いてしまった。
父親という立場で押し殺してきた不安や動揺が、感情にまかせて溢れ出てしまったのです。

嬉しい報告のはずが皆を心配させる報告となってしまった。


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生後1日目での手術 2006-02-19 [出産]

2月19日(土曜日) AM9:30
大学病院から自宅に連絡があり、病院へ向かう。詳しくは病院で聞くことになった。
病院で先生からの説明があった。
パソコンレントゲン写真と血液検査の結果を見ながら説明された。
腸にガスを入れ撮ったレントゲンで見たところ、
やはりお尻の3,4センチ手前で途切れている様に見える。
今回の検査では中位鎖肛ではないかとの診断だった。
となれば、人工肛門の造設手術はしないといけない。

正直、ショックだった。
私でさえ手術なんて一度もしたことがないのに、
この子は生後1日目にして手術を受けなければならないなんて・・・。

もうひとつ心配だった、血液検査での結果で見たところでは、
現状では心臓や背骨などに異常は見られないとの結果だった。
これには一安心。

早速、手術にかかるとのことで、手術の説明があった。
人工肛門の手術自体は簡単だけれど、全身麻酔となるために、
心配なのは新生児の全身麻酔によるリスクだけだった。

手術時間は約2時間。
実際に待った時間は3時間を越えた。麻酔や準備の時間が余計にかかるらしい。

PM1:30
手術室から出てきた子供はまだ眠っていた。お腹には大きめのガーゼが貼ってあった。
先生は「手術は無事終わりました。とても元気で呼吸も自発的にしてますから、
人工呼吸器も取りました。」
といってくれた。 ほっと一安心だった。
取り急ぎ、病院で待つ妻に手術の無事終了を電話で伝える。

手術後の子供はNICU保育器に入っていた。
NICUには予防着を着て手を消毒して入室。
両親しか入室できない為、義母は待合室で待ってもらうしかなかった。
たくさんの保育器が並び何人かの新生児が治療を受けていた。テレビで見る世界だ。

保育器に手を入れて触ることはできたので、手を握りながら
「よく頑張ったな。えらいぞ!」と声をかける。
妻に見せる為にデジカメで写真を撮らせてもらった。


左手の点滴と鼻のチューブが痛々しい。

妻の待つ病院まで戻り、デジカメで子供の写真を見せ手術の報告をした。


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緊急転院 2006-02-18 [出産]

前回の出産物語からの続き・・・

2月18日 AM7:30
無事な出産を喜んでいたところ、しばらくすると別の先生が私たちのところにやってきた。
先生 「ご出産おめでとうございます。 ただ少し問題がありまして・・・。」 少し問題とはなんだろうと空気が一変した。
先生はおもむろに子供のお尻を見せながら
「お尻の穴が開いてないんですよ。」
私達は「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
そして「どういうことですか?」というのがやっとだった。
お尻にはしわらしきものがあるのに穴が空いていない・・・。

先生の話しによると先天性の病気で症状は軽い場合もあれば重い場合もあるという。調べてみないと、詳しい状況はわからないという。少なくとも、うちの病院ではできないので大きな病院に転院しないといけない。赤ちゃんにとっては、便の出口がない状態なので今すぐではないが、一両日中には何らかの手術はしないといけないだろうとの事だった。

これだけ説明を聞いても、まだ私の頭の中は真っ白だった。

その時の妻は冷静に事実の把握に精一杯で、冷静に先生の話を聞いていた。
この時は気に掛ける事もできなかったが、出産での疲れと喜びの後のこの事実を聞き
私以上に大きなショックを受けていた。

AM9:00 転院先の大学病院が決まり、早速、緊急転院することとなった。
移動型保育器に入ったまま、救急車で移動する。
私と義母が付き添いで同乗することになったが、出産直後の妻はもちろん
そのまま出産した病院での入院が続くのだ。
転院のため産まれたばかりの子供をエレベータに乗せる時、車椅子に乗せられた妻が一言
「元気に産んであげられなくてごめんね。」
と子供に声を掛けた。
ここで初めて妻は大粒の涙を流して泣いた。 

AM11:00
大学病院に着き、早速子供はNICUへ。簡単な検査が行われた。
そして大学病院の先生からの説明が始まった。

この鎖肛という病気は一般的に直腸が先天的に詰まってしまい肛門が塞がってしまっている。何処まで繋がっているかによって低位、中位、高位と分けられ、お尻のごく近くまで直腸が繋がっていれば低位ということになり、程度も軽くなる。本当にあと少しならお尻に穴を開けるだけで済むが、それ以外の場合、便が出ないと生死にかかわるので、おへその斜め下辺りに人工肛門を造る手術をします。人工肛門を付けた場合はそのまま子供の体力をつけるまで半年ほど様子を見て、それからお尻の穴を開け、人工肛門を閉じる手術をするというのです。そして、もうひとつ心配なのは、鎖肛の子はともすれば他の臓器や背骨などに同じように先天性の異常が見つかる事があるということでした。

いずれにしても、今日はまだ産まれて、5,6時間しか経っていないので、
明日の朝にレントゲンや血液検査した上で、治療方針の判断をする事になりました。

先生の話を聞いている間も、自分の子に起きている状況とは思えず、
坦々と話を聞いていました。
ただ、病院で1人で待つ妻にこの状況を説明しなければならないという重責を
果たすべく、理解するように努めてはいましたが、頭の中はパニックです。

急いで妻の待つ病院に戻り、鎖肛の病気についてや人工肛門の手術の可能性
についての状況を説明しました。
説明を聞いている間も妻は冷静で、人前で泣いている場合ではない、子供のために
今自分ができることを考えていました。

翌日の午前中に病院から連絡が来る予定になっていました。


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出産物語 2006-02-17 [出産]

出産から書いていなかった部分をここでまとめて書いておきます。

2月17日(金) 入院

夕方5時すぎに妻の陣痛が5分おきになってきたということで、病院に電話。
病院に連れて行き、診察してもらっている時になんと破水
このまま入院ということになってしまった。予定日よりも5日早い入院となった。
痛みには強い方だと自負していた妻もさすがに痛くなってきたみたいだ。
私は会社に電話し、そのまま早退。家に戻り入院セットを持ってくる。
もちろんA型の妻だけにいつ入院してもいいように準備は万端だった。
予定通りに義理の母親に妻が入院した事を連絡して、新幹線で来てもらった。

妻は分娩室の横にある出産準備室という部屋で待機となった。
そこにはベッドが5,6床設置してあり、出産を待つ妊婦が他にも入っていた。
PM10時過ぎになっても妻はいたって平然としている。
慌て駆けつけた母(妻の実母)にも普通に会話している。
本当にもうすぐ生まれるのか?と思っていると、看護師さんから
「初産ですし、おそらくまだまだ生まれませんから、自宅に戻られたらいかがですか?」
声を掛けられ、これは事実上帰れという事かとも思い、他の妊婦さんも居る事だし
我々は自宅待機にしようかという事で義母と一緒に自宅に戻った。
自宅と病院は車で10分くらいの距離だから連絡があってから行けば良いと思っていた。
今まで立会い出産まではできないまでも、廊下で産声を聞くのを待つ夫という
ドラマさながらのベタな状況に少しあこがれ楽しみにしていた。
ところが・・・・・・・・。

 

2月18日(土) 出産日

翌朝6時30分頃になって、電話が鳴る。もちろん病院からである。
看護師 「おめでとうございます。もう産まれましたので病院に来てください。」
 私   「えっ、もう産まれたんですか?」

慌てて病院へ急ぐ。 産まれたのは5時42分らしい。もう1時間ちかく経っている。
産まれる前に知らせてくれないなんてなんて病院だと思った。

病院で妻はまだ分娩台に横になっていた。
「おめでとう!思ったより早かったね。」と声をかける。
妻は「思っていたより楽だったよ。」と思ったよりも元気だった。
妻の話によると、夜中の3時頃に陣痛が来て様子を見ながら分娩室へ、
そこで同時にもう1人の妊婦も産気づいて、結構難産だったみたいで
先生はそちらの処置にかかりきりになってしまい、半分くらいは自力で産んでしまった
ような感じだったようだ。もちろん助産師さんも頭が出てきている状況を見て、
慌てて取り上げたそうだ。
でも赤ちゃんは大きな声で泣いていたそうだ。

そして待望の我が子との対面。10ヶ月待ちに待った対面の時。
不妊治療から数えると何年待ったであろうこの瞬間。

思ったよりも可愛い! 最初はサルみたいな顔をしていると思っていたが 可愛いじゃないですか。そして手も足も顔も・・・小さい。 感無量!!!

でもちょっと鼻が上向きじゃないか・・・。口はお前か?耳は俺だな。
色々と両親のどちら似かを見比べながら幸せをかみ締めていた。

「よくぞこんな父親のもとに産まれてきてくれたね。ありがとう。」

と、ここまでは何事もなく出産を喜んでいたのだった。


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生まれてきた子に問題が・・・。 2006-11-10 [出産]

出産自体は妻も年齢の割にはとても軽く大きな陣痛が来てから2,3時間で生まれたそうです。
ただ、子供に少し問題がありました。

皆さんは「鎖肛」という病気を知っていますでしょうか。
ほとんどの方は聞いたこともないと思います。私もそうでした。
簡単に言えば、先天的な内蔵奇形でお尻の穴が開いていないのです。
初めて聞けば、そんな病気があるの?って感じですよね。

わが子がこの鎖肛であることが判ってから、
人間の命が誕生し、遺伝子によって人のかたちになり、骨ができて目や鼻、
心臓や肺、そして手足や爪までもすべてのものが正確に創られ成長して出産する
ということがどれほど神秘的ですばらしい事かを学びました。
子供が出来れば、自分と同じような身体で成長する事は当たり前なんですが、
実はそれが、ものすごく生命の神秘で、すばらしい事なのかを知ったのです。

少し大袈裟かもしれませんが、これが今の本心です。


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お久し振りです。 2006-11-10 [出産]

かなり長い間、サボってしまいました。
ただ、このブログは自分自身のその時々の気持ちを記録しておこうという、
大義名分もあったのでここに(出来るだけ)続けて書いていきたいと思います。

結果からいうと育児の忙しさもあったのですが、ちょっとトラブルがありまして・・・。

子供は無事生まれました。2月18日の土曜日の朝5時42分

3112gの当然男の子でした。


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