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鎖肛の経過について。 2008-02-09 [入院生活]

通常は意識することが無いほど渉平は元気に育ってくれています。
ただ、現在でも3日に1回は浣腸をしています。
鎖肛の子は、便の調整がなかなかうまくいかないこともあるので、
幼稚園などに通わせるまでに、どれくらいまで管理が必要かが重要になると考えています。
このブログにも書いていますが、鎖肛は個人差が大きくまだどうなるか分かりません。
お尻がゆるいのか、それとも便秘がちになるのかは分かりません。
ただ渉平は、1月の下旬に嘔吐下痢が続いた時期があったのですが、
それ以降は、毎日うんちが自力で出るようになったのです。
これまでも、3日に1回の浣腸の日以外にもうんちが出る日はありましたが、
毎日というのは、これまで無かったのです。
最近は、朝食後には必ずと言っていいほど、渉平が立ったまま、りきむ姿を見ることができます。
それを見ていると、ついつい「がんばれ!」と声を掛けますが、渉平は気が散るのか、
あまりかまってほしくないようで、いつも目線をそらします。

このままで行くと、今度の定期健診では、浣腸のペースをさらに伸ばすこともできそうかな。


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悲しい現実 2007-01-20 [入院生活]

今日は渉平の月1回の診察日でした。
久しぶりに私も一緒に大学病院に行って来ました。

先生からは「何か変わったことはありましたか?」と聞かれ、
私たちは「何もありません。順調です。」と答える。
すると先生は「それならなら大丈夫ですね。」
渉平のお腹を少し触って診察は終わり。

診察券を受付に通してから2時間ほど待って、診察は5分で終了です。
予約はしてあるんですが、大学病院だからしょうがないですかね。
何も無いからすぐ終わるということなので喜ぶべきことなんですけどね。

診察の最後、先生に「毎日の朝夕の2回の浣腸はまだ続くんですか?」と聞いてみると、「そうですね・・・、1日1回朝だけでいいでしょう。」
やったね! 渉平!
朝夕の浣腸はそれほど苦痛というわけではなかったのですが、
やはり夕方5時頃になると浣腸をしなきゃと気になるところでしたので、
浣腸が朝だけになると、かなり気分的にも楽になります。
もちろん、渉平のうんちの出ぐあいで調整することも必要なんですけど。




診察を待っている時に偶然にも渉平と同部屋に入院していた赤ちゃんとそのお母さんに会いました。その子も昨年中に退院して定期的に通院しているようでした。
妻と懐かしく話しをして、お互いの近況を聞きあっていました。
そこでの話の中で、同じく同部屋だった女の子が昨年末に亡くなった事を聞かされました。
渉平の入院中、その子はモニターを付け常に看護師が付いて看護している状態でしたが、
病室で1才の誕生日を多くの看護師さんが囲んで祝っていた事を覚えています。
たった1才足らずなのに・・・・・・・。

NICUの時も周りにいた赤ちゃんがある日突然いなくなっていたりしても、
安定して他の部屋に移ったり、退院したのかなとしか考えていなかった。
現実問題として、どんなに本人や周りががんばっても力尽きてしまう子がいる。
それが大学病院ではなおさら目の当たりにすることが多いと思いますが、
今までは直面したことが無かった。

でも、これも現実なんだと感じました。



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退院おめでとう! 2006-10-13 [入院生活]

渉平のお腹の傷も落ち着き、お尻からのうんちも快調!
浣腸もマスターし、晴れて完全退院となりました。

1日2回の浣腸はしばらくの間続けていくそうです。

まだこれからも様子を見ながら
メンテナンスがどこまで必要なのかを判断していくのですが、
何はともあれ、
3回もの手術を乗り越えた渉平が元気に笑って退院出来ることになりました。

渉平、退院おめでとう! 本当によくがんばったな。


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3回目の手術 2006-09-26 [入院生活]

3回目の手術はお腹の人工肛門をとうとう閉じるのです。
予定ではこれが最後の手術です。
順調に行けば晴れてお尻の肛門からうんちが出てくるのです。
同時に人工肛門のパックの管理をすることもなくなることを意味していました。
この6ヶ月で80枚近くのパックを作成し貼ってきました。
もう日常作業となってきていたパック管理が無くなることが
何か寂しい気すらしていました。
もうこのパックの在庫や掃除に使ったピンセットも
使うこともなくなるのかと感じていました。

お腹にある人工肛門も閉じられる時が来ました。

今回の手術に当たっては、12時間前からの絶食(1週間ほど続く)、
鼻からチューブを入れ洗浄液で腸内の洗浄を行いました。

手術は今回も実質2時間くらいで終わりました。
ここにきての絶食はつらいものだったと思います。
もちろん点滴で栄養と水分は補給するのですが、空腹感はあります。
妻があやしても、渉平は
「どうしておっぱいをくれないの?」と言わんばかりに泣きます。
泣き疲れては眠り、また起きて泣いてを繰り返しました。
次第に慣れてきたのか、笑うようになって来ました。不思議なものですね。
お腹にはもうストーマ(人工肛門)はありません。
縫い傷が少し目立つかなと思いましたが、男の子だから「気にしない!」です。

1週間後、少量のミルクから始まって、1日1回に離乳食も始まりました。
同時にお尻からうんちが出始めました。
渉平のおむつ交換でうんちの処理をするのはこれが初めてでした。
これが普通のおむつ交換なんだなと感慨深いものがありました。

そして、これは病院と先生の方針だと思いますが、ブジーは止めて
この時期から便秘防止と肛門刺激のため、朝夕1日2回の浣腸が始まりました。
この浣腸も両親がやり方をマスターしたところで退院となるのです。


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2回目の手術入院 2006-08-28 [入院生活]

渉平の再入院の日は突然やってきた。
いつ頃次の手術をしてくれるのかなと思っていたところ、
学校の夏休みも終わろうとしていた8月末、急遽手術をおこなうことになった。

今回はまず再検査をして、お尻に穴(肛門)をあけて腸を引っぱってきて繋げる手術です。
(渉平の場合、お腹の人工肛門を閉じるのは肛門の手術跡が完治してからになります。)
この手術ではお尻の穴を縫うので術後1、2週間はベッドに縛り付けられ動けなくなります。
寝返りを覚え、得意げにゴロゴロとしていた時期だけに心配でした。

再検査の結果、レントゲンを見てみると、直腸はお尻の直前まで通っていて、
残りあと5ミリほど手前でとまっているようでした。
低位鎖肛と呼ばれる水準です。  そこで先生は、
「これだったら産まれてすぐお尻の手術をしてもよかったかもしれませんね。」だって。
もしそうなら、
たとえ一時的でも人工肛門をつけなくてもよかったかもしれないのにと思いましたが、
乳幼児の場合、身体が成長する過程で内臓も成長してくる場合もあるんだそうです。
でも最初に聞いていた中位ではなく、低位鎖肛だということを知って安心しました。
中位と低位では今後のリハビリや管理にもかなりの差が出ると聞いていたからです。

手術当日
AM 8:30 病室から手術室入口まで見送った。
AM11:30 手術室から先生が出てきて説明があった。
「うまくいきましたよ。肛門の周りの括約筋もあるのが確認できました。」

鎖肛は肛門機能が形成されていないことが多く、腸を引っぱって繋げても、
うんちを押し出す括約筋が機能せず、将来的に重度の便秘や失禁等のメンテナンスや
リハビリが必要になることもあるのです。

正直、「鎖肛」という病気が判ってから、ネットでもいろいろ調べ、
最悪の状況も覚悟した時期もありました。
でも先生の説明を聞き、少しずつではありますが不安が減っていくようでした。

病室に戻ってきた渉平はまさにはりつけ状態でした。

胴体は固定され、両足は足首を紐でベットにくくられ、左手は点滴の針を包帯で固定、
唯一自由なのは右手だけでした。寝返りはおろか足を上げることも出来ません。
これで2週間はきついなと思いました。
大泣きするというよりも「うーん、うーん」と悲しげに泣き続けました。
しばらく笑顔は見せてくれませんでした。
看護師さんたちは「子供は順応性があるから、2,3日で慣れてくれますよ。」と言った。
そんなことはないだろうと思っていたが、看護師さんたちの言うとおりだった。
2,3日すると私たちに笑顔を見せてくれるようになり、
渉平も無理に身体を動かそうともしなくなりました。

お尻はどうなっているんだろうと気になっていました。
おむつを取ってみるとそこにはおぞましい光景が・・・。
お尻にはガーゼが貼ってあったんですが、
なんとおちんちんに細いチューブが挿してある。
説明によると、お尻の傷口におしっこが付いて汚れないように
チューブで直接外に出しているとのことでした。それにしても想像するだけで痛そう。
お尻はガーゼ交換の時に見せてもらうと、お尻の穴も太目のゴムチューブが挿してあり、
縫い口が治る時に収縮して閉じてしまわないためのものでした。

術後10日ほどするとお尻も順調なので、ベットからの拘束が解かれました。
思いっきり抱いてあげようと思いましたが、お尻にはチューブが挿してあるままで、
お尻を押さえる事は厳禁!でしたので、抱えるのも一苦労でした。

次の人工肛門を閉じる手術は数週間後との説明があり、
渉平にとってしばらく平穏な生活が戻ってくると思いきや嫌な日課が始まってしまった。
その名も「ブジー」と言われるものです。
手術で開けた肛門なので、必要最低限の大きさを確保するためと、
肛門への刺激のために、金属製の棒を1日2回肛門に挿入するのです。

細いものから始めて、次第に太くしていくのですが、きつくなると出血することも・・・。
渉平の場合は難なく順調にクリアしていき、目標の太さ(直径十数ミリくらい)まで
いけたのですが、毎日毎日、先生に押さえつけられ、
肛門に棒を入れられる恐怖でいつも大泣きでした。
この時からです、渉平が先生を見て笑わなくなったのは。
先生も「嫌われちゃいましたね。」と苦笑いでした。


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人工肛門の管理 2006-03-26 [入院生活]

家に渉平がいる。それだけでも家族が増えたんだと実感していた。 ただ、最初は慣れない赤ちゃんの居る生活に慣れるまでが一苦労だった。
何せ、最初の1ヶ月は病院だったので、2ヶ月目の赤ちゃんがいきなり家に来たのです。
加えて人工肛門のパックの管理には泣かされました。
定期的(おむつ交換時)なパック内の掃除はそれほど苦ではなかったのですが、パックは理想を言えば2,3日は付けたままでよいとの話でしたが、毎日のようにお腹のテープを貼ってある部分から漏れて交換となってしまう。お風呂の時は、ビニール袋でパックごと覆ってテープで留めて入浴するのですが、どうしてもお湯が入ってしまい、あっという間にパックもはがれた。夫婦でパックの形状や補助的につけるペースト(粘土状のもの)の付け方を試行錯誤していた。

そんな中、1週間目の診察の時にストーマ(人工肛門)パック専門の先生に会い相談した。
これが、それ以後半年に及ぶストーマパック管理を一気に改善するきっかけとなったのです。
パックには様々な種類があり、別のパックを提案されたのです。
そのパックはストーマ(人工肛門)にあたる部分には最初から天然ゴムのペーストが付いていて
周りのテープはなんと防水仕様なのです。お風呂もそのまま入れられる。
おまけに1パックあたりの単価も250円(それまでのは350円)と安いのです。
これは願ったり叶ったりで、実際に使ってみると本当に2,3日はもつようになったのです。
それから、ストーマパックの管理は慣れてしまえばそれほど苦にはなりませんでした。

  
 ストーマパックの口に上のようにぺーストを追加して漏れにくくするのです。

 

退院してからの渉平はかなり太っていきました。 腕や足はムチムチで、病院での生活からのリバウンド現象のようなものでした。
ただ、母子手帳のグラフに照らし合わせてみると、平均の枠内だったのでこれまた一安心。

大きくなって、体力をつけて、次の手術に備えるぞー!


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仮退院 2006-03-25 [入院生活]

渉平が退院することになった。
これは病院や先生の方針によっても違うと思いますが、お尻の手術は子供の体力が付く
半年後を目処に行うため、人工肛門をつけた状態で半年ほどの一時退院となった。
両親がストーマ(人工肛門)の管理ができるようになったところで退院の許可が出るのです。

とうとう渉平が我が家に来る日が来たのです。出産後、1ヶ月余り、体重は4200グラム程になっていました。.


退院時の新生児用チャイルドシートで。  乳児湿疹で顔が痛々しい!


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保育器からの脱出 2006-02-27 [入院生活]

入院から9日目にようやく保育器から出ることができた。
つまり、触れることしかできなかった子供を抱くことができるようになったのです。
体にはモニターのコードがついているので動き回ることはできませんがそれでも満足でした。
出産直後から抱くこともできなかった妻はこの日をどれだけ待っていたことか。

それにしても抱いてみると赤ちゃんのなんて小さくてなんて軽いこと。

そしてさらにミルク量の制限もなくなり、
とうとう哺乳瓶からではなく直接母乳をあげてもよいことになりました。
NICUの脇にある授乳室で妻は初めて子供におっぱいを吸ってもらった。
子供は本能のまま乳首を咥え、勢いよく吸い始めた。
妻も私もしばらく無言でその光景に浸っていました。
横で見ていた私は妻と同じくらい感動していた。

保育器から出たことで沐浴も自分たちでできるようになりました。
看護師さんからは「この子はお風呂が大好きですよ。」とは聞いていたが、
そんなことを聞くと、沐浴してる姿を見たくて仕方がなかった。
ここで、出産前にパパママ教室に行って人形を使っての沐浴練習をした成果が試される時。
でも人形と本物では話が違うだろうなと心配ではありました。
看護師さんから「今日はお父さんお母さんどちらが入れてあげます?」と聞かれ、
私は思わず 「妻が・・・」と言ってしまった。
そこで妻は「せっかく練習したんだからあなたが入れなさい。育児手伝う気ないの?」と一言。
私は看護師さんに「私が入れます。」と答えた。

ぎこちない動きで洗っていき、ところどころで指摘を受けながら何とか初の沐浴は終わった。
私は大汗を掻いた。 何せNICUというのは室温30度に設定されていて、
もともと暑いのに沐浴でさらに暑くなってしまう環境下での作業なのです。
私の方が沐浴したかったくらいです。

でも、看護師さんの言っていた通り、湯船に浸かると気持ちよさそうにじっとしていた。
おかげで私も何とか無事に沐浴をこなすことができたのだった。
それにしてもあまりにも気持ちよさそうで、
まるで露天岩風呂の縁で休んでいるオヤジのような風貌だった。


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子供の入院生活 2006-02-22 [入院生活]

妻が退院してからは、冷凍した母乳を持って子供のいる病院に通いました。
術後数日してからは傷口も落ち着きミルクが飲めるようになり、
保育器に哺乳瓶を入れて飲ませ、げっぷを出していました。

ミルクをたくさん飲んで早く元気になれよと願うばかりでした。

担当の先生からは、「この子は手足が大きいから、将来大きくなりますね。」と言われた。
「そうですか、ありがとうございます。」と答えたが、うちの子は犬か?と思ってしまいました。
(確かにうちの子は戌年ではあるんですけどね。)

お腹のストーマ(人工肛門)の管理は看護師さんにしていただいていました。
ミルクを飲むと、当然そのストーマからうんちが出てくるのです。
ウンチは酸性が強く、肌についたままだと肌がかぶれてしまうため
定期的にきれいに拭いて掃除をしないといけないのです。
それと同時にストーマ付けるビニール製のパックを試行錯誤しながら加工して、
この子に合うように調整する日が続きました。
パックはストーマ(人工肛門)から出てくるうんちを受け止め溜めておく為のものです。
定期的にパックの中に溜まったうんちをピンセットとティッシュで掃除してあげるのです。
ただ、ストーマのところに両面テープになっているパックを貼るのですが、
最初はうまく調節してあげないと、ここからうんちが漏れてきてしまうんです。
乳幼児の場合、両面テープの粘着力を強くしすぎても、デリケートな肌を傷つけてしまうし、
体が小さい事とよく動くことによって、漏れることが多いそうなんです。
それで、その子に合ったストーマパックを作るのに一苦労なんです。
最終的には3日くらいもたせるように作るのですが、最初のころは数時間毎に漏れていました。
漏れたら次のパックに付け替えるという繰り返しです。
後で知ったのですが、この何回も試しては漏れてが繰り返されたパックは、
医療行為のポイント適用外ですべて自費でした。(1パック単価は250~350円位)

それにしても、お腹に腸の一部をもってきているので、かなりデリケートに
扱わなければならないだろうと思っていたが、それほどではなかった。
通常はお腹に顔をのぞかせた腸はピンク色で絞まっていて、
腸の動きによってそこからうんちが出てくる。
パックを外せばそのまま普通にお風呂にも入れる。(入浴中にうんちが出たこともあるけどね。)
そう、まるでおへその斜め下に肛門があるだけなんです。(先生もそう言っていた。)

おむつはうんちがつかないのでおしっこだけを吸収する。
だから通常と同じでお尻を拭いてあげる代わりに
ストーマパックの掃除をしてあげるだけだなと考えた。

そう考えると気持ちが楽になった。


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妻の入院生活 2006-02-19 [入院生活]

子供が転院したため妻は1人で入院生活をする事になってしまった。
出産をした病院は母乳を奨励していて、通常は出産してから約4時間後には母子同室となる。
赤ちゃんと少しでも長く一緒にいてスキンシップをはかるのである。
6人部屋だったため、子供がいない妻に看護師さんが気を遣い
個室に移る事も提案していただいた様だったが、妻はあえて断った。
閉じこもるよりも赤ちゃんの声を聞いていたほうが、
母乳の出も良くなるんじゃないかとの考えもあったようだ。

子供は出産後すぐに鎖肛と判った為、水分も何も口にする事ができなかった。 もちろん妻の乳首をくわえ初乳を飲むこともできないまま転院したのです。 肛門が塞がっている為に何かを口にして腸を活動させるわけにはいかなかったようです。

直乳してもらうはずの子供がいない為に妻の乳の出はあまり良くなかった。
でも妻は赤ちゃんの抵抗力をつけるためにも、「初乳は飲ませてあげたい」という思いで
必死にマッサージをして搾っていた。
毎回数㏄ほどしか出ず、それをスポイトのようなものに吸ってそのまま冷凍した。
それを私が子供の入院している大学病院まで運ぶのだ。
後で妻に聞いたのだが、この搾乳作業はとても孤独で、とても寂しく
惨めな気持ちに耐えながら頑張っていたそうだ。
看護師さんも「ショックな事があると、母乳もあまり出ないこともあるからね。無理しないで。」と
声をかけてくれたようだった。
ただ、私が帰った後、妻は病院で独りになると、ベッドで静かに泣いていた
同部屋のママさん達には「子供が病気で転院したからいないのよ」と話し、明るく振舞っていた。

実際は妻もそれが耐え切れなくなってきていた。 気丈に振舞い続ける妻を見ていたある看護師さんは妻に声をかけた。 「泣きたい時は大きな声で泣いた方がいいよ。」 その言葉で、妻の緊張の糸が切れて、6人部屋の病室でで大泣きした。 同部屋のママさんも事情を詳しく聞き、妻に寄り添ってくれていました。 翌日、病院で妻からその一部始終を聞ききながら、 妻が元気そうで何か吹っ切れたような表情で話すのを見て安心したのを覚えています。 おかげで妻は、産科ではちょっとした有名人になってしまいました。

そして、妻にとってもうひとつ嬉しい事が待っていた。 念願だった子供との再会が実現した。それまでは私からの報告を聞いているだけだった。
しばらく仕事を定時で上がらせてもらっていた私は、
妻の体調を見て夜に外出できないかを先生に聞くと、
なんと答えは OK だった。
夜の9時頃には戻ってくると約束し子供の入院している大学病院へ。
出産後、2,3時間で離ればなれになってしまった、母と子の再会でした。
妻は保育器に手を入れて、子供の手を握りながら、今度は嬉し涙を流していた。

思ったより元気そうな子供を確認でき、出産の実感を感じていたと思う。
面会はほんの1時間ほどで切り上げ、病院に戻った。
妻はこの日の面会により精神的にも母親となった。
搾乳も前向きに考え、病院でも心から明るくなれた気がしていた。

そんな中でも、出生届けも出さなければならないし、事務的なことも進めなければならなかった。
入院している子供にもまだ名前がなかった為、
妻と相談し、胎教ネームでもあった「しょう」という音を使い
 「渉平」 と命名した。
渉という字は「広く物事を見聞する」という意味があり
視野を広く持ち大きな人間になってほしいという私の願いでもある。
でも実際には、今まででさえも親の方が子供を通して、考えそして教わる事の方が多い。

その後、妻の順調な回復と、先生からの配慮もあり、無理をしないという約束で、
退院の手続きを進めた。 結果的に出産後5日目の退院だった。
ただ母親だけの退院となった。

それから、妻の大学病院に通う日々が始まった。 毎日搾乳し冷凍した母乳を持って・・・。






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